たり前といえば当たり前の話だ。二位の尼や、名のある武将の墓、七盛塚へ行くと、そんなことも、あったのかと実感がわいてくるのだが、大きな貨物船が頻繁に往来しているこの海で、義経の八艘飛びや、八歳の安徳天皇が祖母に抱かれ入水したなど、そんな修羅場あった所だとはまったく想えない。
壇之浦の向こう岸は、九州の門司市だろう。その距離、最短で八百メートルという。本州から九州は意外にも近かった。見上げると大きな橋が山の頂上から対岸に架かっている。これが関門橋だろう。
「あの橋は歩いて渡れるんですか?」
「時々、あの橋から飛び込む者がいるので、歩行は禁止されています。車しか通しません。橋の上からは厳流島が見えますよ」 |