ハッカランドロゴ  

「ハッカの街 北見からの贈り物」

ようこそハッカランドのホームページへ
イベント情報
ハッカについて
会社概要
ショッピング
ギャラリー
ご注文方法
特定商取引表示
リンク集

ハッカについて

     
 

 ハッカ(薄荷)はシソ科の多年草で、野生種・栽培種を合わせると、世界中に200種以上、名前がついているものだけでも140種類以上あると言われています。日本で主に栽培されていたのは和種ハッカといい、精油に含まれるメントール(ハッカの主成分)の量が多いのを特徴としています。

 
     

北見のハッカの歴史■

 

世界一だった北見のハッカ

 
 

 北見の薄荷草は、山形県から旭川市・湧別町を経て明治34年ごろ持ち込まれたと言われてます。ハッカは、北見の自然条件によく合い、また商品価値も非常に高かったため、急速に広まりました。昭和9年には、ホクレンの薄荷工場が操業を始め、「HOKUREN(ホクレン)ブランド」としてアメリカへ初輸出されました。これが高い評価を受け、北見のハッカが世界市場に君臨するようになります。最盛期の昭和14年 ごろには、作付面積約2万ヘクタール、世界市場の70%を北見のハッカが占めるほどでした。
しかし、第2次世界大戦が始まってしまい、ハッカの輸出が停止し、食料増産のためにハッカの作付制限が強化されたため、大幅な減反を余儀なくされます。

 

ハッカ栽培の衰退

 
 

 戦争が終わると、北見のハッカ農家達はすぐに復興へと動き始めました。また、品種改良も行われるようになり、新品種を次々と誕生させます。これらハッカ関係者の熱い情熱により一旦は復興したハッカの輸出ですが、ブラジル産に代表される海外の安いハッカの進出や合成ハッカの出現などにより、北見のハッカは衰退の一途をたどることになります。昭和46年には輸入の自由化が決定され、昭和58年の関税の引き下げにより、ついに北見薄荷工場はその栄光に幕を下ろしました。

 

代表的な北見のハッカの種類

 
 
あかまる

あかまる 3.1kg 在来種。戦前、最も栽培された代表的なハッカ。
昭和初期、日本からの移民が持ち込んだこの「あかまる」がブラジルで
広まることになる。

まんよう

まんよう 5.6kg 中国薄荷との交雑による最初の改良品種。収油量、
耐病性高く、急速に広まる。昭和30年ごろ

ほうよう

ほうよう 10.7kg 昭和40年、外国産や合成ハッカに対抗して登場。
耐倒伏性、収油量が向上。
※1反(1,000u)当り取ることのできる取卸油

 
----------------------------------------------------------------------------------

薄荷草から製品になるまでの流れ■

 
 

 農家では、9月の中ごろから薄荷の刈り取りを始めます。刈り取った薄荷はよく乾燥(1〜2週間程度)させてから蒸溜釜につめ水蒸気で蒸していく。(このとき、草の乾燥が不十分だと蒸気の通りが悪くなり、収油量が減ってしまいます。)生じた蒸気を冷やし、水と油に分けて油を採り出します。このようにして採った油を取卸油(とりおろしゆ)と言います。ここまでが薄荷農家で行われる作業です。取卸油は脳分(取卸油に含まれる結晶分のこと)検査を受けてから薄荷工場へ運ばれます。工場に運ばれた取卸油は、冷却され分離機にかけて、結晶(粗脳・そのう)と油(粗油・そゆ)に分けられます。粗油(ヤニなどを含み赤っぽいので赤油ともいう)は、水蒸気で蒸溜し、香りのよい薄荷油(白油)にします。一方、粗脳は、溶かし直してもう一度結晶化(再結晶)させて、品質のよい薄荷脳(結晶)にします。こうしてできた薄荷油と薄荷脳を製品として出荷していたのです。

 
     
FAXオーダー承ります。
   
Copyright (C) 2008 HAKKALAND All Rights Reserved.